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とうとう2008年も今日一日で終わりますね。

おとーさん大晦日に散髪
ついさっき、おとーさんの正月用の散髪完了(笑)

今年も大なり小なり
いろいろな事がありましたねぇ。。。


【1月】
寒い寒い練習場、半ば冬眠状態でしたが
そんな中2008年の2つの目標をたてました。
『以前から公表してる、アルバムを完成させる。』
『稲取以外でのワンマンライブを決行。』
結局アルバムの方の目標は年内に果たせませんでした。
皆さんごめんなさい。もうちょっと待っててください。

【2月】
相変わらず引きこもりがちでしたが
そのおかげで新曲が何曲か生まれました。
おとーさんが東田君のベイサイドキャンプライブに行ったのも
この時季でしたね。

【3月】
春の訪れる足音を聞きながらヘン頭活動開始。
MTRでのオリジナル曲デモ録音をぼちぼちと始めました。
自分とおとーさんで憧れの木村充揮ライブへ。泣きました。飲みました。
そうそう、おとーさんグアムへ一人旅に行ったね。
ちなみにひろちゃんはバイオパークとか桜まつりとか行ってたね。

【4月】
MTRでのオリジナル曲デモ録音、地味に進めてました。
あとはなんといっても、おとーさんの家庭にまた一人新しい命が。
おめでたい春となりました。
春といえばよっちゃんのもう一つの趣味「イカ釣り」のシーズン到来。
釣ったイカはおとーさんへのご祝儀に(笑)

【5月】
よっちゃんがThumbsUp 10th. Anniversary Partyを見に
横浜大桟橋ホールへ。
東田君やその他のバンド、フェスの楽しさを再確認。
ヘン頭としても6月にむけて、いくつかのライブが決まり
そそくさと練習開始。

【6月】
梅雨の季節、ご多聞にもれず“雨”という悪天候の中
ワンマンライブ「ヘンダー頭!Live in Portside vol.4」決行。
ゆん★も参加して歌ったね。
あとはよっちゃんが雅さんちのイベントにソロで出演しました。
応援で見に行った俺、場違いなノリ全開!(笑)

【7月】
地元のお祭りに参加。ヘン頭は全員地元人なのでもれなく参加。
その途中にメンバー全員で初めてひろちゃんの家へ。
ひろちゃんの本当のおとーさんとみんなでコミュニケーション。(笑)
そしてひろちゃん単品で他のバンドへサポート参加。スーパーフライ!
あとはこの月に左の緑色のニョロニョロおみくじ始めました。
かと思ったら、おとーさんは富山に家族旅行へGO!

【8月】
ちびっ子縁日でのラムネ世界大会開催に向けての
チャリティーライブに急きょ参加しました。野外ライブ!
んで、ひろちゃんまたもや単品サポートでスーパーフライ!(笑)
あとは、よっちゃんいきなり「むずむず脚症候群」の検査入院(一泊二日)。
忘れちゃならない!ウチらが毎年行ってるイベント『WIND BLOW '08』開催。
御前崎に足を運びました。楽しかった~♪(ひろちゃん留守番)
おとーさんは実行委員としてRESPECT IZUにも参加。お疲れっス!

【9月】
俺とおとーさんで、またもや木村充揮ライブを見に横浜へ。
現地でよっちゃんと合流。飲んで男だらけのカラオケ大会開催(笑)
あとはなんつっても初の(一応)!地元以外でのワンマンライブ!
「ヘンダー頭!Live in ANAGURA」を今井浜海岸にて決行~♪
ベロベロのひろちゃん、必殺技の初披露もありました(笑)

【10月】
よっちゃんの引っ越しをメンバーでお手伝い。
ちなみにその前日、俺、稲取の中心で愛を泣き叫んだね。ちくしょう。
んで、よっちゃん待望の秋のイカ釣りシーズン到来。
あとは俺個人的に月末にちょっとキツめの風邪をひきはじめました。

【11月】
俺単品&ゆん★で雅さんにてミニマム生音ライブ決行。
当日急きょひろちゃんがサポート参戦。
そして、商工会青年部からの依頼により「イルミネーション点灯式ライブ」に参加。
この時よっちゃん電撃一時脱退表明。しめやかな雨の中の野外ライブとなりました。
一時は解散も考えましたが、結局、バンドは継続していく方向性で決まる。
かくして、「ヘンダー頭!」は結成当初のような3ピースバンドに。
「いとーの音楽遍歴白書【~高校生編】」連載開始。
俺とよっちゃん東田君のライブを見に渋谷へ。ここでも俺の場違いなノリがスパーク(笑)
もう当分ライブ見に行くの自粛しようかとも思いました。←うっそ。

【12月】
「BEAMS X'mas LIVE」へ参加。この3人になって初のライブ。軽く凹む。
「いとーの音楽遍歴白書【~高校生編】」連載終了。
おとーさん、北マリアナ諸島へ旅行。そして沖縄旅行プレゼント。
「ANAGURA CANDLE NIGHT!」アコースティックライブにて参加。
スローで、メロウで、ウォーミングな良い夜でした。
ヘン頭+かっぱさんで忘年会開催。かっぱさんの高度な音楽理論に感心しきり。
「ワンを感じろ」「ベースとドラムはコンビネーションだ」etc.....名言続発。


とまぁ、こんな感じで
駆け足で振り返っても、1年間てんやわんやありました。

なんといっても一番大きかったのはやはり
メインボーカルであるよっちゃんの「一時脱退」ですが、
この件に関しては個人的にいろいろと思うところもあり
まぁまたおいおい落ち着いて別の機会にでも書きたいと思います。

それと、この記事書いていて気付いたことがもうひとつ。
おとーさん、結構いろんなトコ行ってるね~。
行動力っつーか、バイタリティっつーか、放浪癖っつーか(笑)
なんだかんだ言って、やっぱすげぇわアンタ(笑)


とにかく今年も一年間、
我々「ヘンダー頭!」を温かい目で見守ってくださった皆様。
協力していただいた皆様。
ライブに足を運んでいただいた皆様。
応援してくださった皆様。

そして・・・メンバーのみんな、お互いに。

本当にありがとうございます!!!

年頭の目標、「アルバムを完成させる」を残念ながら今年達成できなかったので
来年こそは、何らかの形で念願成就させたいと思っています!

当分の間、俺、ひろちゃん、おとーさんの3人での活動が続くとは思いますが
また来年もどうかひとつよろしくお願いいたします!!


それでは皆さん、良いお年をっ!!!


・・・って言っといて? えっ !?

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2008.12.27 ザ・師走!
先日、とても幻想的な空間の中おこなわれた「キャンドルナイト」も無事終わり、
聖なる夜“クリスマス”も過ぎ去り、年末ムードも一気に佳境を迎えておりますが
皆さんにおいてはいかがお過ごしでしょうか。

ちなみ自分はといえば、先日の24日・25日ともに常時在宅。
一人でキムチ鍋をつつきながら、缶ビール1本と
ちょっとしたカクテル半分くらいで見事に酔っぱらうという
非常に経済的なクリスマスを過ごさせていただきました。

あ、そういえば25日に仕事でよっちゃんに会った時に
職場で飼ってるニワトリの「産みたてゆで卵」を2つほどもらって食ったな。。。
今考えると、あれが唯一のクリスマスプレゼントだったのでしょうか(笑)


観光協会前のアイツ。。。
あたしの卵食べたわね。。。


あとは、そーっすね。
年末年始と、増えるといえばなんといっても「お酒の席」。
私的な事で申し訳ありませんが、まぁ実際のところ今日なんかも
職場の同僚や仕事先の仲の良い人たちと伊豆高原で忘年会。
週明けて29日にはヘン頭の忘年会と控えております。

とにもかくにも、今年一年、残すところもあとわずか。

お酒の場をおおいに楽しみながらも、
健康を維持できるぐらいの酒量にうまくコントロールしながら(笑)
新年をすがすがしい気持ちで迎えられるようにしようと!
この記事を書くことによって胸に刻みつけたいと!固く誓いたいと!
そう思っています!

って、言っといて~!?(笑)

いやぁ。。。現段階では・・・一応・・・(笑)




皆さんも「年忘れだ!」とかいって盛り上がりつつも
「我を忘れる」ことのないようくれぐれもご注意を(笑)

アハハハ・・・ 気をつけます。

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地元の保育園でX'masパーティーに呼ばれて行ってきました。



一年に一度癒されるライブです(笑)


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昨日21日、冬至のその日は全国的にキャンドルナイトの日でした。

昨年もこのブログでもよっちゃんが記事にしていたこともありましたが
「100万人のキャンドルナイト」の実施日だったのです。

詳しくはコチラ
『100万人のキャンドルナイト』
>>PC版ホームページ
>>携帯版ホームページ

今井浜海岸「洞窟Bar 穴ぐら」でおこなわれたイベント
“ANAGURA CANDLE NIGHT”には実はそういう主旨があったんですね。

お店に来てくださった方。
ヘンダー頭の演奏を聞きにきてくれた皆さん。
数多のキャンドルで本当に素敵な空間を演出していただいたMegさん。
そして何より今回のイベントに声をかけてくださったマスター。

とても良い経験をさせていただきました。
ヘンダー頭一同、皆様に心から感謝いたします。
ありがとうございました。


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まだスタート前なのでシャンデリアの照明が点いてますが・・

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ここが当日のステージ。優しい灯りに包まれて幸せでした。

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演奏時はこんな感じに・・・

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彼は「まさき君」。
オリジナル曲をギターの弾き語りで披露してくれました。
これからもガンバレ!


08candle001.jpg
最後にマスター+Megさん+ヘン頭で記念撮影(笑) ありがとうございました。





私たちは100万人のキャンドルナイトを呼びかけます。

2008年の冬至の日、12月21日夜、8時から10時の2時間、
みんなでいっせいにでんきを消しましょう。

ロウソクのひかりで子どもに絵本を読んであげるのもいいでしょう。
しずかに恋人と食事をするのもいいでしょう。

ある人は省エネを、ある人は平和を、
ある人は世界のいろいろな場所で生きる人びとのことを思いながら。

プラグを抜くことは新たな世界の窓をひらくことです。

それは人間の自由と多様性を思いおこすことであり、
文明のもっと大きな可能性を発見するプロセスであると私たちは考えます。

一人ひとりがそれぞれの考えを胸に、ただ2時間、でんきを消すことで、
ゆるやかにつながって「くらやみのウェーブ」を地球上にひろげていきませんか。

2008年、12月21日、冬至の日。よる8時から10時。
でんきを消して、スローな夜を。

100万人のキャンドルナイト。


(『100万人のキャンドルナイト』公式HPより抜粋)





当日、とてもSTKなキャンドルを準備してくださったMeggyことMegさんが率いる
「キャンドルアーティストユニット luz [ルース]」のブログはこちらです。

>>http://luz-candle.cocolog-nifty.com/blog/
PCでウチのブログ見てる人
「おみくじ」やってます??

ウチらもちょこちょこネタにしてるけど
この緑のニョロニョロくん、なかなかファンキーだよね。


最近のだとこんな感じ・・・


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じゃねーよオメーはよ、ちゃんと仕事しろよ・・・


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いやいや、だからオメェーだよ!!!


まったく。。。 でも憎めない愛らしい奴です(笑)


ちなみに今日のおみくじはこんなん・・・


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え?明日に備えてってことっすか??


ま、こうニョロニョロくんも言ってますので
明日の「ANAGURA CANDLE NIGHT!」は
この「落ち着け」という言葉を自分によく言い聞かせながら
本番に臨みたいと思います。

では、待ってまーーーす。





2008年12月21日(日曜日)
ANAGURA CANDLE NIGHT!

場所:今井浜海岸@洞窟Bar 穴ぐら
開店:PM7:00 open

照明を使わずに、優しいキャンドルの灯りとメロウな空間の中
まったりとお届けするアコースティックLIVEです。

ちなみにチケット制ではなく、お店は通常営業ですので
皆さんお気軽にお越しくださいね。


洞窟BAR ANAGURA 公式ブログ → http://ana-gura.jugem.jp/

20081219201820



沖縄 万座毛。


11月16日に熱川のクリスマスイルミネーション点灯式ライブ


予想はしていたけど…VO&Gのよっちゃんのバンド活動休止の報告。

子供の頃から行きたかった「沖縄」

俺、次の日には沖縄ツアーを仮予約…

ヒロちゃんも言っていたがバンド解散すると思っていた。




しかし音楽の楽しさを知った人は、そこから抜け出す事は出来ない。


しかし自分のモヤモヤも大きくなるばかりだった…

12月9日から沖縄に…


でも翌日10日には、ライブが入っていた。

いとーちゃんが「三人でやったりましょう!」


上手く言えないけど、やっぱり音楽の力は凄い。


両親に沖縄旅行をプレゼント。

新婚旅行以来の二人での旅行だったらしい。
帰った両親の話を聞いてるだけで笑顔になる







また、どこかに連れて行ってやりたいと素直に思った。



2008.12.15 南の島
20081215180508



北マリアナ諸島に休日を利用して行ってきました。


久しぶりに生きている珊瑚礁を。



20081215181503








いい風が吹いていたよ。


今年の9月にウチのLIVEでお世話になりました、
伊豆今井浜海岸の「洞窟Bar 穴ぐら」のマスターさんに
お声をかけていただき、お店の企画に沿った形で
再び演奏をさせていただくこととなりました。

今回は前回の様なバンドセットではなく、まったりとメロウな感じの、
“アコースティックセット”でお届けする予定です。

詳しくは、「洞窟Bar 穴ぐら」さんのブログをご覧ください!
洞窟BAR ANAGURA 公式ブログ >> http://ana-gura.jugem.jp/

それでは今月の21日。
キャンドルの灯りの向こう側で、お待ちしています。

20081211210509
新宿ロックイン(楽器屋さん)


閉まってる…



いよいよ明日ですよ!
とりあえず新体制での「ヘンダー頭!-1」の初お披露目です♪♪

よろしくピーーース☆



「BEAMS X'mas LIVE」


日 付:2008年12月10日(水曜日)

場 所:伊豆稲取 東海ホテルにて

時 間:18:00start (21:00終了予定)

料 金:入場チケットあり 1名様1枚 2,000円(1drink付き)

【当日はdrink&foodをオール500円にて販売予定。】


《出演バンド》

・ぎんでえず (演奏開始予定 18:00~)

・ヘンダー頭! (演奏開始予定 18:45~)

・BEAMS (演奏開始予定 19:45~)


あっという間にYANおとーさんを含むその先輩バンドの人達に囲まれ、
なぜそんなに落ち込んでいるのかを冷やかし半分に促されるまま、
今後控えている高校の「文化祭」でのバンド演奏の話から、
それにまつわる今までの経緯、今さっきの機材借用のお願いに対する
断りの返事の内容まで、洗いざらい全てを話した。

すると、金髪の酔っぱらいはこう言った。


「やりゃあいいじゃよ。」

「え?」

「やりてぇだら?やりゃあいいじゃよ。」

「いや、でも機材が…」

「ばか。大丈夫だよ。どうにかなるさよ。」

「………本当ですか?」


伊豆稲取の山あいに、自分よりも6コ上、そしておとーさんの1コ上にあたる、
昼は地元の中華料理店で肉チャーハンを作っていたりする、とある先輩が
今現在も経営されている「スタジオVOICE」というレコーディングスタジオがある。

今ではプロのミュージシャンたちが多方面から足しげく訪れる
本格的なレコーディングスタジオだけれども、
ここがオープンした時期がまさにこの頃だった。

そしてその当時、そのスタジオでは「Q’z」がよく練習しており、
時々自分達も連れ立ってスタジオへ遊びに行かせてもらったりしていたのがきっかけで、
その「スタジオVOICE」を始められた6コ上の先輩にも
顔を覚えてもらったばかりぐらいの頃でもあった。

「Q’z」の方々いわく、この「スタジオVOICE」から無償で機材を借りてやると言う。

そして、驚くことに「Q’z」の面々が責任をもって機材管理をするという条件で、
「スタジオVOICE」側から、かなり気持ちよく許可が出たのである。

若い高校生が、自発的に音楽に触れたい、バンドを、ライブをやりたいと言っている。
だったら何とかしてやろう。
自分達も通ってきた道だし、気持ちもわかる。
それに、なにより、音楽っておもしれぇんだから!!!

おとーさん含む「Q’z」の人達と「スタジオVOICE」の先輩は、
そう言葉にはしなかったけれども、そんな音楽に対する考え方は、
やり取りの端からひしひしと伝わってきた。


一気に目の前が開けた。

心底、助かったと思った。

これで自分達の思い描いていた「文化祭」でのライブができる。

急に差しこんできた光に、めまいがするような錯覚さえ感じるかのようだった。

しかも本番当日には、機材の運搬から会場でのセッティングまで
「Q’z」の方々が手伝ってくれるという最高のおまけ付きだ。

「ありがとうございます!」をただひたすら何回も繰り返す高校生2人に、
「良かったじゃよ!」と笑う先輩の音楽人たち。

「Q’z」の方々に頭が上がらなかったのはもちろんだが、
自分のスタジオの商売道具でもある業務用のスピーカー類やマイク、ミキサー、
配線類一式などを快く貸してくれた、昼は肉チャーハンを作っている
その先輩の気前の良さには、いたく感激した。

そしてこの出来事がその後、高校卒業後から20代後半まで、
自分達のバンド練習場所といえばこの「スタジオVOICE」で、
ということになっていくきっかけともなり、
もちろん今現在でも親交を続けさせていただいている。

とにもかくにも、瞬く間に、しかも予想外にも最高の機材と
サポートまでをも善意で享受させていただくこととなり、
まさに「地獄に仏」「災い転じて福と成す」を地で行くような状況の中、
おかげで翌日から本番まで、残りわずかな時間だったが、
バンド練習も心置きなく最終的な調整へと向けてじっくりおこなうことができた。


そして数日後。

いよいよその日はやってきた。


待ち焦がれた「文化祭」当日の朝。

前日の夜に「スタジオVOICE」から借り受けた機材一式を預かってもらっていた
YANおとーさんの家の地下倉庫に向かう。

「寝てたら起こしてくれ。」との事前の言いつけ通り、
どう見てもついさっきまでかなり深酒していたであろう様相で寝ている「Q’z」の面々を
恐る恐る起こしつつ、まだ酔っぱらいのテンションの先輩方と機材を車に積み直した後、
その車に同乗させてもらい、そのまま学校へ。

時間も決まっていたので、到着するなりすぐさまライブ会場である体育館に向かい、
まだ確実に酔っぱらっていると思われる「Q’z」の方々の指示のもと、
同級生バンド連合総出で準備を開始。

みるみるうちにスピーカーやアンプ、マイク等々のセットが組まれていく。

最終的には、結局心配で見に来てくれた「スタジオVOICE」の先輩に
サウンドチェックをしてもらって終了となり、あとは本番を待つのみとなった。


そしてその数時間後。
この約1年間の集大成でもある「文化祭ライブ」は幕を落とした。


自分達バンドの出番は出場バンド全4組中、4番目。
いわゆる「トリ」を務める形になっていた。

待機していた舞台袖から観客側を覗き込む。
舞台側の目の前から体育館の中央あたりまで人で埋まっているのが見えた。

そして見えた瞬間、観客側を覗いたことを後悔した。
こんな大勢の人達の目の前で演奏するなんて、もちろんこの時が人生初だ。
緊張しないわけがない。というか、しすぎてどうにかなりそうだった。

同じく舞台袖にいた「Q’z」の面々に軽くからかわれたりもしたが、
普段のようにそれに対してリアクションをとる余裕もさすがに無かったように思う。

前のバンドが演奏中に何かアクションを起こすたびに声援や拍手が沸く。
自分達もこんな風に、いや、これ以上のことが果たしてできるのだろうか?

そんな自分の思いとは裏腹に、時間は少しずつ経過し、
前出のバンドの曲は確実に1曲ずつ終了していき、
そのたびに自分達の出番が迫ってくる。

ふと、自分の小学生の時に母親のステージを初めて見たときのことを思い出していた。

観光客の目の前でステージに立ち、颯爽と歌う母親の姿。

歌うことで収入を得ていただけに、仕事へのプライドももちろんあっただろうが、
堂に入ったその立ち居振る舞いに、子供ながらに魅せられ、憧れた。

それから数年が経ち、今こうして形は違えども、
大勢の人の前で自分も同じく歌を歌わなければならない状況にいる。


「あいつ…やるなぁ。。。」


ごく自然に、自分の母親のことを改めて認めざるを得なかった。
と同時に、少し落ち着きを取り戻しながらも、くすぶりかけたチャレンジ精神というか、
ポジティブな感情に、再度火がついた気がした。


そして、いよいよ自分達の出番。
ゆっくりと幕があがった。


実は極度の興奮状態だったためか、
いざ舞台に飛び出して行ってから先のことは断片的にしか覚えていないが、
その小さな記憶の中にも大きな収穫があった。

そのバンドで自分はボーカルだったが、
THE MODSの「激しい雨が」という曲の時だけエレキギターを持った。
今もヘンダー頭でメインで使っている、茶色いMOONのテレキャスターだ。

同時にこの曲は、俺のギターがきっかけで始まる曲だった。

出演バンド全4組中、ボーカルが楽器を持つのは
自分達のバンドだけだったからかもしれないが、
前の曲を終え、自分がギターを担ぐだけで、観客がどよめく。

そして曲の冒頭、俺がギターを掻き鳴らす。
ディストーションで歪ませた、思い切りエッジの立った音が一発、体育館に鳴り響いた。


その瞬間。


本当にほんの一瞬だ。
1秒も無かったかもしれない。

さっきまでどよめき、ざわついていた会場が
まるで波が引くかのように「スッ」と静まり、
全員、少なくとも自分にはそう見えたが、
その会場のほとんどの人が、言葉を無くし、
びっくりしたようにこちらを注視した。


俺が「えっ?」と思ったまた次の瞬間。


すっと引いたと思った波が、
大津波のように「ワーーーーーッ!!」とか
「ウォーーーーー!!」という歓声となって返ってきた。

明らかに今までの曲とは違う大きな反応だった。


これは凄かった。


鳥肌なんてもんじゃない、総毛立った。
無数の快感の矢が全身を射抜いた。

これだけ言ってもちっともオーバーな表現ではないと今でも思える。


この日、この瞬間に自分は「音楽」という解けない魔法にかかったと言ってもいい。
なんと言ってもこの感覚を味わってしまったからだ。

そして、あれから今現在に至るまで、
色々なバンドで、何度もライブを経験してきてはいるものの、
特別な“あの感覚”を味わえたのは高校時代の「文化祭」の時以降、
残念ながらいまだに無い。


正直に言おう。


自分が素人ながらも音楽に寄り添った生活をするようになったのは
“あの感覚”を、今でもまだ心のどこかで追い求めている節があるからだということを。


その後、自分達のバンドがラストソングを終えると、
前出の3組のバンド全員が袖から再度ぞろぞろと登場し、
最後にこの同級生バンド連合全員で一曲演奏し、
大盛況のまま、幕が下りる。

仲間とライブの成功を喜び合う。「Q’z」の方々に何度もお礼を言い、頭を下げた。
自分達のそんな姿を、遠くからでもあの中野先生は見てくれていたのだろうか。
それはもう確かめる由も無いのだけれども。

そして当然、機材返却の際に「スタジオVOICE」の先輩にも同様に、
死ぬほどお礼を言った。


こうして俺の高校生活で唯一、そして最高の思い出でもあり、
今現在に至るまでの音楽の原動力になったともいえる「文化祭」は終了した。


高校時代の「文化祭」


それに限らず、ライブやイベント関連全般に言えることだけれど、
演者やその身近なスタッフのモチベーションは当然のこと、
関係者や周囲の色々な人達の協力や、思いに支えられながら
はじめて実現できるシロモノだ。

今では当たり前だと普通に思えるそういった基礎的な部分を、
この「文化祭」というフィルターを通しつつ、こうして10代の頃から
自分達の肌身に感じながら自主的に動かす経験ができたということ自体、
本当にありがたかったと今でも思っている。

ちなみにこの後、この高校時代のバンドは「東伊豆町民文化祭」
「『スタジオVOICE』での卒業ライブ」と2度ほどライブをおこなった後、
高校卒業と同時に解散した。


そして…


この高校時代を経て、
ますます自分自身に音楽が根付き始めているのを感じながら、
どうにか自分の大好きなこの音楽を、
生業としていくことができないかと考えるようになる。


「東京に行こう。」


なんとかなると思っていた。しかもこの頃は結構本気で。

まぁそんな甘ちょろい考え方も、小鼻についた鼻クソのように
簡単に摘まれてピンッと弾かれることになるのだが…


それはまたこの先の話だ。






「いとーの音楽遍歴白書【~高校生編】」







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おぼろげな自分の記憶をたどるように書いた文章なので、
細かい部分が多少事実と異なっている部分があるかもしれませんが、
まぁそれもたぶん誰にもわからないことだろうと思いますので、あしからず。

しかもこの最終章、最後無理やり詰め込んだのでやたら長くなったし(笑)


ちなみに、この「いとーの音楽遍歴白書【~高校生編】 最終章」をもって
俺の100回目記念の記事とさせていただきたいと思います。

と、そういうことだったのです。はい。


同時に、駄文にも関わらず、コレを読んでいただいたすべての方々に、
心より感謝いたします。


あとは…
そうだね~、いやー、よくがんばった、俺(笑)


というわけで、


これからも、ヘンダー頭!ならびに、当ブログをよろしくお願い申し上げます。




では明日、伊豆稲取の東海ホテルでお会いしましょう!


2008.12.09 SKY511
20081209063903



6:55羽田発 沖縄



搭乗はしなかった。

明日のクリスマスライブが待ち遠しい。

そんなすったもんだがありつつも、
変わらずIRFのライブの手伝いは欠かさず続けていた。

もちろん「文化祭」のための“機材確保”が目下の目的だったが、
目の前で繰り広げられる先輩方の演奏は良い刺激になり、勉強になり、
なにより自分達のバンド練習への活力になっていた。


やがて高校生活最後の夏が過ぎ、涼やかな風が心地よい季節が訪れると、
自分達の目指すメインステージ「文化祭」が開催される日が、
いよいよ現実味を帯びながら刻一刻と近づいてくる感覚を肌で感じるようになる。

そして、その頃になると、バンド演奏をメインとして考えている自分達だけでなく、
全校の各クラスや文科系の部活も、
それぞれの催し物や出し物の企画や準備を徐々にスタートさせ始め、
もう学校全体が「文化祭に」向け、にわかに活気付き出し始めていた。

自分達も、もうそろそろ「文化祭ライブ」での具体的な事柄を
決めていかなくてはならない頃合いだった。


自分達同級生の出演バンド数は全部で4組。

その全4組の同級生バンド連合で、よく集まっては話し合い、
当日の演奏順やら、準備・撤収のスケジュール、
共同で使う楽器やアンプの件など、細かい部分まで打ち合わせた。

これは余談だがその4組の中には女の子達だけで構成されている、
いわゆる“ガールズバンド”もあった。
当時は校内での…というか、同世代でのバンド人口が本当に多かったのである。

そのうち大まかな部分も細かい部分も次第に決まっていったが、
唯一にして最大の、“あの問題”が未だ解決できず、残っていた。

そう。IRF頼みの「ミキサーやスピーカーなどの機材の調達」である。

とはいうものの、ここ1年近く、この目的のためにIRFを追いかけてきた。
IRFライブの準備や手伝いも、自分のバンド全員で随分とこなし、
その部分に関しては十分義理立てしているつもりでいた。

当初の話通りにいけば、絶対に機材を貸してもらうことができる。
そう確信していた。
実際、同級生の他のバンド仲間には「大丈夫だよ。」「心配すんな。」などと、
たかをくくってそんなことさえ言っていた。


そしてその本番を数日後に控えたある日、約一年前のあの日と同じように、
自分のバンドのギター担当の同級生と2人、最終的な機材借用の申し出をするべく、
あるイベントの打ち上げをおこなっていたIRFのところに赴いた。

ここ一年近く、何回も緊張しながらIRFの人達のところには顔を出してはいたが、
この日だけはやはり特別で、一年前と同じく思わず嗚咽しそうな緊張感の中、
以前にもお願いをしたIRFの代表格であるその人に再度、丁寧に慎重に、
言葉を選びながら機材借用のお願いをした。

すると、その人はこう言った。



「なんでお前らに貸さなきゃならねぇんだ?大切な機材を貸し出せるわけねぇだろ。」

「???……あーーー……そ、そうっすか……わ、わかりました…」



・・・・・

・・・・・



狐につままれるとは、このことだ。

まったく意味がわからなかった。



あれー?この人義理があればどうのこうのとか言ってなかったっけ?

言ってたよねぇ?

うーーーん…言ってたね、言ってた言ってた。確かに言ってた。

っていうかねぇ、だからこの一年近くIRFのライブ準備の手伝いに行ってたんじゃん?

あれ???おかしいな???

俺達手伝いに行ってなかったっけ?

…いやいやいやいや、行ってたじゃん!
むしろ行きまくってたじゃん!!!

ん?あれ???義理とかなんとかってそういうことじゃないの???

んじゃこの約一年間、俺達なんのために???

えーーー???
わかんない。わかんない。

っていうかIRFっていったい何?

あの人たち誰?

一体ここでなにやってんだ俺ら???



打ちひしがれた自分達は、そのIRFの人達の塊から少し離れたところで、
予想外の返答に混乱した頭の中を2人で確認しあうように整理しながら、
あらためて大きく落胆した。

そして、その後すぐに考えた事といえば、もちろん今後の事だ。

必要機材がなければ自分達が思い描いていたようなライブを
「文化祭」で実現させることは難しい。それだけはわかっている。

その機材の調達のための約一年がかりの計画も、
踊らされるだけ踊らされて、つい数分前水の泡になった。

同級生のバンド仲間達が吉報を待っている。しかし、もうあてがない。

陳腐な言葉だが、「目の前が真っ暗になる。」という表現は
このときのためにあるのではないかと思えたほどだ。

しょうがない。手持ちのおんぼろアンプと
マイクは学校のスピーチ用のマイクを頭を下げて借りる。
これでやるしかない。

それなりのクオリティーで最高の「文化祭ライブ」にしたかったが、
一年間もがいた挙句にそれも叶わないのかと思うと、
落胆の度合いも加速度的に大きくなり、そのみじめさに泣けてきた。


向こうのでは相変わらずIRFの人達が盛り上がっている。
その傍らで、もう一言も言葉を交わすことなくどんよりとうつむいている高校生2人。

声が聞こえた。

明らかに自分達に声をかけてきてくれた人達がいた。
それはもう今の自分達にとっては聞き慣れた声だった。


「おーい、なんだや?どうしたや?」


それはIRFの最若年層バンド「Q’z」の面々だった。





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押し問答の時間が続くかと思いきや、
その先生は物静かなその口調を一切変えることなく、意外な言葉を発した。


「まあいい。」


かなりの覚悟を決め込んだ直後だっただけに、
内心“いいんかぃ!”と思わず突っ込んだが、
正直一体どんな心境の変化なのだろうと、一瞬訳がわからなかった。

そして、こう続いた。


「昨日のことは俺の胸の中にしまっといてやるから、もう二度とするなよ。
『文化祭』成功させたいんだろ?しっかりやれ!わかったな?」

「・・・・・」

「じゃ、帰っていいぞ。」


俺は一言も口にせず、教室へ戻った。
いや、「何も言えなかった」といったほうが正しいかもしれない。


その後この先生と、この事件の件に関しての話は二度とすることはなかったので、
ここから先は俺の勝手な見解だが、きっと先生は何もかもを知っていたんだろう。

落ち着いて考えてみれば分かることだけれども、
このライブ当日に会場に足を運んだ人数が約60人ぐらい。

つまりはこの昨日のライブ開催に関する情報は少なくとも60人。
いや、それ以上の人数が知っていたと言ってもいいだろう。

しかも、この60人以上の人達全員が
このライブを主催した自分達の知り合いというわけではなく、
他校の生徒や社会人の同級生も含むわけで、
そんな大勢の希薄な関係の人達を含む全員に対して
情報の漏洩に徹することなど、端から無理があるという話だ。

どんな形であれ、このライブの件が学校側の耳に入ることなど、
時間の問題だったと容易に想像できる。


もう一度言うが、この先生は何もかもを知っていたのだ。


ライブの最中に会場に踏み込んで、“現行犯で一斉検挙”だってなんだって、
やろうと思えばいくらでもできたはずなのだ。

けれども、そうしなかった。
言い方を変えれば「見逃してくれた」のだ。

きっとその先生は、自分達同級生バンド連合がどれだけ「文化祭」のバンド演奏に
熱を注いでいるのかを以前から感じ取っていたのだろう。

下田でのライブの時に自分達を補導してしまえば、その情熱とともに
大切な何かを生徒達から奪い取ってしまうことになるのではないか。

と、本当のところはどうなのかわからないけれども、
そんな少し突っ込んだところまで考えてしまった。

しかしそう考えると、「若気の至り」とか「若さゆえのエネルギーの暴走」とか
取って付けたような勢いで、人の気も知らずに安直にライブを計画し、
その挙句にバカみたいに突っ張った口調で、
その事実に対してシラを切り通していた自分が、急に情けなく恥ずかしく思えた。

ちなみに教室に戻った後は、他のバンドメンバーでもある同級生数人が、
一人呼び出された自分のことをひどく心配してくれていたのか、
「どんな話だったのか?」「何を聞かれたのか?」みたいなことを
矢継ぎ早に、そして、攻め立てるかのように聞いてきた気がするが、
その質問にどう返答したのかはあまり思い出せない。

たぶん「大丈夫だった。」とか「もう本番まで無茶すんのはよそうぜ。」
的なことを言ったような気もする。


とにかく、この先生の存在が、自分達の「文化祭」でのライブ演奏への道を
つなぎ止めてくれたことは間違いない。


今でも忘れはしないその先生は、中野先生という、
専攻科目は商業簿記担当のイカしたハードボイルド教師だ。





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2008.12.03 今できること
今できること必要なもの

人は、それぞれ必要なものがある







「毎日ベッドから起き上がる意味」を持っていると思う


先日、友人(愛すべきロクデナシ)から借りた数冊の本にあった下りだ。



すごく当たり前のことだけど、考えてみて…
きっと意味があるから。


愛する人、愛すべき仕事、家族、かけがえのない友人、大切な思い出、なんだっていい。


自分捜しとか
現実逃避
とか、へんな理屈だけど

俺は多分後者(笑)


でも必要なんだ

「毎日ベッドから起き上がる意味」のために。







できっこない…
と思っていないか?

ワタシなんて 俺なんか…
そう口にしたことはないか?
自分にできるわけがない
こう考えることが癖になっていないか?




なにかのせいにしてないか?
あいつが悪い
社会が悪い
時代が悪い
この国が悪い

たとえそうなのだとしても
自分の力で変えうるのは自分自身だけだというのに…



夢見ることを忘れてはいないか?
夢こそが輝く未来を示す唯一の道しるべ
さあ君よ 夢みているか?


かなたの老後を不安がるより
はるかに身近な明日が楽しいことを考える


いつだって過去と未来は似たり寄ったりだから…

今 この瞬間が変わらなければ未来なんて変わらない














旅にでよう









ほら この星はきみを待ってる


TABI GAKUより



学校側にどんな経緯で今日のこのライブの情報が知れ渡ったのかはわからないが、
一気に焦心に駆られた雰囲気の中、今はそんなことを追及するよりも
自分たちがすぐにでもしなければならないことはただひとつだった。

それは、全員が先生達に見つからずに無事に帰ること。

とりあえず、会場の撤収作業を一人一人の残像が見えるかのように素早く終わらせ、
建物の周囲の様子を細かくうかがいながら、
2人、3人と細心の注意をはらいながらも足早に帰路についた。

自分は当時の彼女と、もう就職していた地元の幼なじみの車に乗せてもらって
帰ったので、あとの同級生バンドの仲間達のその後が気になってしょうがなかった。


翌日、何くわぬ顔で登校した後、互いの教室を行き来して、
すぐさま昨日のライブに関わっていたバンドメンバーや同級生達と、
ライブ後の帰り道の安否を確認しあう。

みんなよほど興奮していたのか、
タガが外れたかのようにいろいろな話が飛び交った。

こういう表現が良いのかどうかはわからないけれども、“幸い”学校側には

「同校の生徒が本日、下田市のどこかでライブをおこなっているみたいだ。」

という情報しか流れておらず、ライブ会場の特定には到っていなかったらしく、
バンドメンバーは皆、先生達と接触することなく無事帰ったと報告を受けた。

そして、それと同時に、当日ちょろっとライブに顔を出した同級生2~3人が
駅周辺にいた先生達と遭遇し、質問を受けたけれども、シラを切り通してくれた
という報告も受けた。


元来、性格が特に楽観的に形成されている自分にとって、
みんながその後無事に帰ったという報告を聞き終えた時点で
湧き上がってきた安堵感とともに、
昨日のライブの件はもう過去の終わった話になろうとしていた。


そんな矢先、午前の授業が終わった瞬間、
俺一人だけ例の生活指導担当の先生に呼び出しをくらう。

それは、忘れかけていた同級生バンド連合のリーダーという立場で。
お題はもちろん昨日のライブに関することだ。


どこに呼び出されたかは思い出せないが、そこは狭い部屋で、
机一つでその先生と対峙するような格好になった。

まさに刑事モノのドラマの取り調べシーンのそれを
連想させるかのような部屋だった気がする。

先生は物静かな口調でこう言った。


「いとー。お前がなんでここに呼び出されたのか、わかっているな?」


正直、マニュアル通りの誘導尋問だと思った。
死んでも頭を縦になんて振れるわけがない。

全力でシラを切り通す俺。


「わかんねぇ。」

「知らねぇ。」


この二つの言葉しか言ってなかったように思う。
顔色の変化を悟られまいと、必死に平静を装う。


「お前ら昨日、下田の○○○でバンドやってただろう。」


これにはさすがに驚いた。
○○○とは昨日のライブ会場の名称だった。

特定できてなかったと踏んでいた会場を名指しで言われ、
危うく声が出そうになった。

しかし、そこをなんとか必死にこらえ、
例の二つの言葉を最大限に引用し、さらにシラを切り通す。

もしもそのシーンを客観的に見ることができたならば、
きっと笑ってしまうぐらいヘタな芝居だっただろうが、
当時はとにかく必死だった。

「必死に平静を装う」という、相反する感情を全力で同時進行させるという行為に、
早くもヘトヘトになりそうだったが、
今日のこの先生との、たぶん長くなるであろうやり取り次第で、
同級生のバンド仲間の処罰や「文化祭」での演奏中止が決まってしまうと思えば、
そんなことも言っていられるはずもなく、腹をくくってシラを切り通すしかなかった。

そう覚悟を決めた刹那、
話は拍子抜けするほど早く、終結を迎えることになる。。。





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いとーの音楽遍歴白書 ~第5章~を待ちわびること数日…
ブログを開いてはすかされ、ただ閉じるにはとウニョウニョ動く『CLICK HERE』へ。
痛いとこをついてくるからあまり好きではないのだが…

訪れること3度…
微妙にマイナーチェンジしたのか見たことのない彼ら。
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それにしても引きが悪い!
と思いきや4度目。
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これから受験生が一番必要とする一言が!!
…まあ、おっちゃんBANDには関係ないか。

いとーちゃん!
全24編の第6章お待ちしております
ご苦労様です。



結論から言えば、それはライブをやらないかという誘いだった。

話を聞けば、自分達の通っていた高校から電車で30分ほど行った
下田市のとあるビルに格安の貸しスペースがあり、
そこでライブができるらしいとの情報で、そこで「文化祭」本番の前に一度、
腕試し&ライブ欲求発散の意味も踏まえ、ちょっとやってみないかと。

ただ、学校側との取り決めの中に、
学校に無断でのライブやイベントへの参加は認められていなかった上に、
当時は全員もちろん未成年なわけで、
保護者も誰も同席しないような場所での高校生だけでのライブなど、
申請したところで許可がおりるはずがない。

しかし、前述の通り、ライブ欲がかなりの度合いで高まっていた当時の自分達。
その話を持ってきた同級生のバンドのメンバー達と話し合った結果、
結論はもう数秒後に出た。


その答えは、「学校側にバレないように、密かにやっちまおうぜ。」である。


わりとあっけらかんと出た答えだが、何せこのライブの情報が学校側に漏れた瞬間、
ライブ中止&バンドメンバー全員になんらかの処罰が下るのはもちろんのこと、
みんなが最終目標としている「文化祭」でのバンド演奏自体も、
水の泡になってしまうというかなり大きなリスクがある。

それはもうこの計画にかかわる人間をはじめ、
当日ライブに見に来てもらう人を誘う時も必ずこのライブの意向を伝え、他言は一切無用で。
絶対誰にも言わないように。そういう約束のもと、みんなで準備を進めた。


今になって思えば、何故にそんな危ない橋を渡ってまで…と思いがちだが、
そこは「若気の至り」とか「若さゆえのエネルギーの暴走」とか、
その辺りの言葉をもってお茶を濁したいと思う次第だ。


とにかく、そんな不安を「ライブができるんだ!」というアッパーな感情で抑え込みつつ、
とうとうその当日を迎えた。


まとまって動くと目立ちやすいだろうと、わざとみんなで時間を
ずらしながら下田市のその会場へ集合。機材や楽器などの準備をすすめる。
そして、ライブ開始時間が近づくにつれ、チラホラと同校・他校の同級生や
知り合いがオーディエンスとして集まってくる。
結局ライブ開始時には、その人数は50~60人ぐらいに膨れ上がり、
そんな中、血気盛んな10代の仲間達だけのライブパーティーは幕を開けた。

今思えば、本当に簡単なセッティングだった。
音のバランスなんてメチャクチャだっただろうし、
ただ音が出てるだけで満足だった。そんなライブ。

さすがにもう時効だと思うが、酒も煙草も出回り、ひたすら大音量の中、
今までの欲求をぶちまけるかのように大騒ぎした。


そして、出演バンドの予定していたすべての演奏が終わり、
1人2人と帰って行く人を見送りつつ、
クタクタになりながらも残った仲間達とその心地よい余韻を楽しんでいると、
帰ったと思っていた同じ学校の同級生の1人が、
緊張の面持ちで息を切らせながら戻ってくるなり、開口一番こう言った。


「○○がここの近くを見回ってるよ!!」


ちなみに、○○とは自分達がバンドを結成した当初、
初めて召集をかけられた生活指導担当の先生の名前だ。


それはつまり、今日のこのライブ開催の情報が
学校側に完璧に漏れてることを意味していた…





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